2019年03月09日
遠いい記憶
手術(1)
静岡済生会病院に入院記憶では6人ぐらいの患者さんが居たと思います大人の方達でした。
胃潰瘍で胃のほとんどを切り取ったとの会話が薄ら薄ら覚えています。
いよいよ手術です、母があきちゃん頑張ってね、手術台の上に寝かされて、まず麻酔から局部注射ぎゃ~痛い~痛い~ぎゃぎゃ泣きじゃくり最初から最後まで今までにこんな痛みは初めて。
部屋に戻ってからも痛い~痛い~大泣きでした、部屋の方に迷惑がかかるので、母は背中におぶって一晩中病院内を頑張ったね、頑張ったね、何か欲しい物かってあげるね。
完全担い手の甲を切り開いての手術です。何日も痛さがつずきました、母の心は何倍も何倍も痛かったとおもいます。
昭和20年の今日3月9日この日まではこの写真の様に。ごくごく普通でした。

この次の日からが苦痛との戦いです。

きている写真のチョッキが20年3月10日に。このチョッキは今は東京都大江戸東京博物館へ寄贈させていただきました。
空襲で焼きただれています。
これからもできるだけ投稿します。
静岡済生会病院に入院記憶では6人ぐらいの患者さんが居たと思います大人の方達でした。
胃潰瘍で胃のほとんどを切り取ったとの会話が薄ら薄ら覚えています。
いよいよ手術です、母があきちゃん頑張ってね、手術台の上に寝かされて、まず麻酔から局部注射ぎゃ~痛い~痛い~ぎゃぎゃ泣きじゃくり最初から最後まで今までにこんな痛みは初めて。
部屋に戻ってからも痛い~痛い~大泣きでした、部屋の方に迷惑がかかるので、母は背中におぶって一晩中病院内を頑張ったね、頑張ったね、何か欲しい物かってあげるね。
完全担い手の甲を切り開いての手術です。何日も痛さがつずきました、母の心は何倍も何倍も痛かったとおもいます。
昭和20年の今日3月9日この日まではこの写真の様に。ごくごく普通でした。
この次の日からが苦痛との戦いです。
きている写真のチョッキが20年3月10日に。このチョッキは今は東京都大江戸東京博物館へ寄贈させていただきました。
空襲で焼きただれています。
これからもできるだけ投稿します。
Posted by あき at 17:55│Comments(0)
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