2019年09月13日

毎年9月13日あと何年迎えるかな

母への感謝
1950年1月0日
同じ市営住宅に住んでいる友達と小さな川で何時ものように遊んでいる、川幅は1メートあるか程の真ん中あたりに石がある、そこに一歩足をかけ飛び向こうへ、広場へ行く近道先に昭夫が飛び越えて向こう側に飛んだ、そのあと、むっちゃんが、あっ足を滑らして川の中へ川は浅い小さな僕達の足首ほどしかない、わーん突然変異に痛いよーわーん大声で泣き出した、アッ大変だ、石の角におでこを、まっかな血がこんなに沢山の血を見たのは初めてむっちゃん~昭夫は小さな手で川岸に。おお声で泣いているので大人の人が駆けつけていったいどうしたのだ、むっちゃんが足を踏み外して石で怪我した、おでこからの血は止まらない。
早く病院に、その時一人の女の子が昭夫ちゃんが突き落としたと大声で叫びました。エッ、、
昭夫はびっくり、違うよ、僕じゃないよ、でも女の子は僕達より何歳も年上の子周りの大人の人はその子の言葉を信じ昭夫の言うことは信じません。ウソ言うんじゃない。
むっちゃんは泣いていて何も言わない。昭夫ちゃんがこうして両手で押した。女の子はみていたかのように両方の手でおすゼスチャーをみんなに。そんな、、昭夫はみんなから攻められ黙っている。
生まれて初めて嘘という事を知った。

その晩昭夫は母親とむっちゃんの処へ謝りに、母の手には生まれて始めて見るバナナや果物が、母ちゃん僕押してなんかいないよ、むっちゃんが飛ぶのに失敗したんだよ、本当だよ。
いいよ、あきちゃんはそんなことするような子ではないよ。
かあちゃんありがとう。
幼い記憶の出来事。母だけは信じてくれた今でもこの時のうれしさは亡き母にありがとううれしかった思い出は忘れません。母ちゃんありがとう76歳の現在の昭夫より。(昭夫の右腕は空襲でやけどをしたので手の甲はもちろん手を伸ばすことができないのでした)母は分かっていたのです。
昨日は亡き母の誕生日でした。大正4年9月13日この日を知っているのは今は自分一人です。
文章に誤字があるかもしれませんが悪しからず。


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Posted by あき at 19:24│Comments(1)遠い記憶
この記事へのコメント
ご自分の子供を信じることが出来、尚且つ世間という物をしっかりと教えてくださったと思います。
立派なお母様でしたね。
Posted by 吾亦紅(われもこう)吾亦紅(われもこう) at 2019年09月16日 23:09
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